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2011/10/19   株式会社 山本工務店さま

 本日は、株式会社山本工務店 代表取締役 山本益也 様を訪問しました。

     兵庫県尼崎市西昆陽2丁目26番27号
     TEL 06-6431-1197 
     http://www.yamamoto-inc.co.jp/



 株式会社 山本工務店 社屋正面



 謎の電光掲示板を発見!




「今の気温 地中温度」の表示が目に留まります。

天気・降水確率や湿度は見ますが、地中温度は初めて見ました!

このパネルには、実は重要な意味が有ります。

・・・が、そちらは後ほどにご説明します。


 その謎解きの前に、お伺いしました要件ですが・・・


 来月11/19・11/20にインテックス大阪にて開催されるNICE「住まいの耐震博覧会」の工務店ブースにて出展されます。


 その中で当社が総販売代理店として取扱っています「QTダンパー」をご案内して頂けるとのことで、カタログ・見本をお持ちして打合せにお伺いました。


 山本社長との打ち合わせては、専門的な話だけでなく、博覧会での説明用で、小さな2つのゴムの玉(一つは普通のゴム・もう一つは高減衰ゴムで高減衰ゴムは全く跳ねません)を使ってどちらが高減衰ゴムが当ててもらうゲームをしよう!と楽しそうに話をされていました。

 楽しんでもらって興味を持っていただくという発想に、山本社長のお人柄を感じることが出来ました。









  ↑↑↑
 クリックでpdfファイルが開きます。


 社屋玄関の「今の気温 地中温度」ですが、



山本工務店さまでは、

GEOパワーシステムと太陽光発電で光熱費0円

に取り組まれています。






 代表取締役 山本 益也 様


 展示品とパネルの前で、写真を撮らせて頂きました、


 地下5m付近の地中温度は、一年を通じて18〜19℃を保つとの事です。
(確かに電光表示は19℃です)
 この安定した(夏は涼しくて冬は暖かい)温度を利用して光熱費を押えるという優れたECOシステムです。
(詳細はホームページをご参照ください)


 産業革命以前までは、エネルギーを身近な自然環境の中から(火・水・風・動物)得ていた生活から、石炭・石油・原子力と膨大なエネルギーを得るために発展?してきた化学工業技術ですが、決して安全で安心な社会の為の基盤とは言い難い面が有ります。
 自然環境の中から優れたECOエネルギーを生み出す先端技術に日々取り組まれていることにとても共感しました。




(香)



2011/11/04  道                                                        


松下幸之助創業の地

大阪府大阪市福島区大開1丁目

JR東西線の海老江駅から 西に300m。
西野田工科高校の東側に 大開公園があります。





公園の北西入口に, 表面に「松下幸之助創業の地」と刻まれ, 裏面には「道」という 松下幸之助氏の詩を記した 緑色自然石の碑が建っています。




自分には
自分に与えられた道が有る
広い時も有る
せまい時も有る
のぼりもあれば くだりもある
思案にあまる時もあろう
しかし 心を定め
希望をもって歩むならば
必ず道はひらけてくる
深い喜びも
そこからうまれてくる









「必ず道はひらけてくる」

なんと、心強い言葉でしょうか!

石碑の廻りをぐるぐる廻りながら、何度も読み返していました。



この石碑が建っている大開公園が当時の松下電器の第二次本店・工場があった場所で、
松下幸之助生誕110周年である2004年11月27日に、この石碑が建立されました。







大阪市福島区大開は、経営の神様と呼ばれ、その名を世界に知られるようになった松下幸之助氏が松下電器産業梶i現パナソニック梶jの礎を築かれた創業の地です。


創業の地碑の横に 『記念碑「松下幸之助 創業の地」由来』という副碑と『「松下幸之助創業の地」周辺地図』という説明板があります。







なお, 東成区玉津二丁目には「松下幸之助起業の地」という石碑があります。
福島区で「電気器具製作所」を創業する前年に, この地の借家で, 妻と義弟(井植歳男氏))の三人で改良ソケットを作ったことで有名です。




(香)


2011/11/04  福沢諭吉誕生地

福島区福島一丁目1 玉江橋北詰すぐ





諭吉誕生地石碑の横には、1983年に中津市によって建てられた
豊前国中津藩蔵屋敷跡の石碑があり、この地から江戸と中津までの
距離が横に刻まれています。





この石碑は、1954年に造られたもので「福沢諭吉誕生地」の文字は、
1933〜1947年まで慶応義塾塾長であった小泉信三の書です。



白い御影石に「学問のすすめ」中の有名な一節が刻まれています。



2011/11/20   NICE「住まいの耐震博覧会」 

 本日は、インテックス大阪で開催されています、NICE「住まいの耐震博覧会」に行きました。

 
右に曲がってインテクス大阪へ・・        

 
2号館の正面ゲートに到着しました。       多くの方が来られていました。

 
(株)山本工務店様のブースです。

 
山本社長も丁寧にご接客をされておられました。  光熱費0円が関心を呼んでいます!

 
QTダンパーの制振で安心な住まいつくりをPR!





子供さんも多いと思ってたら
「仮面ライダーフォーゼショー」会場はこちら
の看板が有りました。


地震耐震を知るという事での展示や催しでは・・・


ミニチュアを使って地震による揺れを分かりやすくしています。


地震体験車では、お母さんと子どもさんが並ばれていました。




セミナーが2日間行われていました。


11/20の13:00からのセミナーで
「家も人間(あなた)と同じ、健康診断が必要!」
が行われていました。


広い会場にはその他色々な展示がされていました。










多くの方が来られていましたが、やはり東日本大震災以降では、地震に対する意識が大きく変わっていることを感じました。セミナーや地震体験車やミニチュアで、地震を身近に感じることが出来ました。今後も、ぜひ多くの方々にこの様な催しに来ていただければと思いました。

(香)




2012/7/8   明治の森箕面国定公園 箕面滝

 大阪府箕面市の明治の森箕面国定公園内にある箕面滝を散策しました。
 明治の森箕面国定公園は、昭和42年に明治百年を記念して東京都の高尾山とともに国定公園に指名されました。
 日本の滝百選の一つに選定され、多くの観光客が訪れる箕面公園は紅葉の名所で秋には特に多くの人で賑わいます。
 季節は初夏ですが、色とりどりの緑と滝や川の流れる音を楽しむことが出来ました。

  @阪急箕面駅

   
  阪急箕面駅です。

  
              

   
  登り口の石碑(東海自然歩道西の起点)

  
  案内版です。



  A滝までの道のり

   写真では往来が途切れた時を見計らって撮影していますので、
  殆ど人の姿は写っていませんが、ご高齢の方々がグループで多く
  来られていました。

   日当りと日陰部分の緑のコントラストがとても印象的です。
  箕面川も色々と流れの様子を変えて楽しませてくれます。

  


  


  

  

  

  


  

  

  

  

  

  

  

  

  
  奥が箕面滝です。

  B箕面滝

  
  水飛沫がとても気持ち良かったです。

  


  
  岩場にアオサギが止まっていました。

  
  滝の動画です。


B箕面の活断層

 平野・丘陵・山岳地帯が形作られる過程で、地震活動は切り離せません。


●箕面観光案内ポケットガイドより引用
http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/minoh/guide.htm

 箕面の平野部は、有馬高槻構造線(断層帯)が作った地溝帯である。断層帯は有馬の西から高槻の東部に至る約55 kmの間を走り、並走あるいは分岐する多くの断層線からなっている。箕面地域にある断層線は次の3本である。有馬高槻断層帯は過去約3000年間に3回活動している。
 近年では、約400年前の慶長元年(1596)の慶長伏見大地震。(秀吉の伏見城が倒壊した大地震)により箕面地域は壊滅的 被害を受け、現在箕面に400年以前の建造物が全くないのは、この地震で、それ以前の建物が総て倒壊したため。

 地震の規模はマグニチュード7.5前後であったと見られる。



  日本各地の活断層は、こちらが参考になります。
  http://www1.gsi.go.jp/geowww/themap/fm/index.html

  国土地理院  都市圏活断層地図

  C日本列島は大地震により形作られてきました。

  ●神戸教育情報ネットワークHP
   http://www.kobe-c.ed.jp/shizen/strata/equake/

  兵庫県南部地震データー集 より

   変動する日本列島に生きる知恵

 日本列島は過去100万年間に100万回以上の大地震を起こして日本列島らしくなってきました。
 地震が日本列島をつくり山や盆地をつくりました。崖崩れが起こって洪水があったから人々が生活する平野ができました。

 日本列島は世界でも最も激しい変動帯に位置しています。世界には活動的な火山が400個ほどありますが、日本列島と周辺にはその5分の1があります。世界の地震エネルギーの10%は日本列島周辺で放出されています。
 私たちは「日本火山列島」、「日本地震列島」に住んでいます。

 20114241245  読売新聞)
 国内観測史上最大のマグニチュード(M)9・0を記録した東日本大震災から1か月余り。被災地では今も余震におびえる日々が続く中、京都府民にとって改めて気がかりとなるのは、京都と地震との関わりだろう。
 特に、伝統的な建造物が今も多く残る京都の内陸部は、地震とは無縁のようにも見える。だが、京都大防災研究所は歴史的に は、京都も度々、大地震の被害に遭っている」とし、「京都市南部を中心に、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる可能性がある」と警告する。
 地震は、東日本大震災のような海溝型と、京都でも震度5を記録した16年前の阪神大震災などの直下型に大きく分けられ、海に面したエリアが少ない京都でまず心配されるのは直下型だ。京都の内陸部で大きな被害を出した直下型は、確実な記録として最も古いものは976年に起きたM6・7以上と推定される地震で、滋賀県を含め、死者は50人以上。 
 その後、1185年、1317年、1449年と発生、1596年には「慶長伏見地震」で、豊臣秀吉が築いた伏見城の天守閣が大破し約600人が圧死するなどした。そして、200人余が死亡した1662年、死者280人と負傷者1300人を出した 1830年と続くが以後、180年以上起きていない。


 ここで、現在箕面に400年以前の建造物が全くないのは、この「慶長伏見地震」の話と繋がります。


 再び、箕面観光案内ポケットガイドより引用

 (縄文への回帰)

 かつて、畏友故上山昭則先生は「人は山から降りてきて、再びまた山へ帰る」と云う言葉を私に語られたことがある。その意味は、縄文人たちは丘陵地や山麓に住んでいたが、やがて、弥生文化と共に水田耕作のために平坦地へ移り住んだ。しかし今、現代人は、最も好ましい住宅地として丘陵・山麓を選び、そこに移り住んでゆく。再び、縄文人の土地へ帰ってゆく。と云う意味である。  しかし、この言葉は単にそれだけの意味ではない。縄文人たちは緑豊かな森林の中で生きた。縄文の故地へ帰ろうとする我々もまた、豊かな緑の中に、その生活を作らねばならないと云う意味をも持つものである。

 2012762105  読売新聞)
 東海、東南海、南海地震などが同時発生する「南海トラフの巨大地震」で想定される死者数は、静岡県から高知県の太平洋沿岸を中心に最大で約40万人に上るという試算を、河田恵昭・関西大教授が6日、大阪市で開かれた講演会で明らかにした。
東海・東南海・南海の三連動地震(マグニチュード=M8・7)による最大の死者数に関する従来の推計は、国の中央防災会議が2003年にまとめた約2万5000人だった。東日本大震災を機に内閣府は、南海トラフで起きる地震の規模をM9・0に引き上げ、今年3月に最大震度と津波の高さの予測を公表。現在、死者数など新たな被害想定の策定も進めている。 河田教授は、ほとんどの人が自宅にいて避難が難しい真夜中に巨大地震が起きたと想定。最大震度6弱以上が予測される地域の人口を4700万人とし、東日本大震災の津波や過去の大規模地震時の死者数などをもとに推計した。その結果、津波による死者は静岡、愛知、三重、和歌山、徳島、高知の6県の太平洋沿岸で約36万人。地震では大阪府や兵庫県なども含め約4万7000人が亡くなるとした。


 M9
の超巨大地震も、決して想定外では無く、長い日本の歴史の中での必然として個人個人が危険から逃れるという意志を持って備えをしていくことが大切です。

(香)







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