本技術資料(VOL.1)は、京都市の重要文化財に指定されたT邸の母屋改修工事で、梁と 柱に生じていたひび割れの補修方法について、株式会社京都建築事務所からの問い合わせに 対し当社が作成し提出した提案書を基に、加筆・編集して作成したものです。

木質柱のひび割れ補修工法と補修材料について

1.「接着剤(材)」とは何か

 接着とは「くっつ-く(ける)こと」、接着剤とは「(――を)強くくっつけるためのもの」(新 小辞林―三省堂)と素気なく書いてありますが、科学的に言えば「分子と分子との間に二次的な 引力が働く」ことです。
 木材を接着剤で接着する場合を考えてみましょう。
 接着剤の条件は@はじめは流動性があって木材に容易に塗れることA適当な時間が経ったら流 動性が無くなって硬化することBそれ自体が十分な強度を持っていることC木材との結合力を保 持すること、が必要です。
 接着力は接着剤の分子と木材の分子との間に働く引力だけではなく、木材表面は平に削っても 細胞の内腔などの微細な凹凸や穴があり、そこに浸入して硬化した接着剤はねじで止めたような 効果を発揮します。これをアンカー効果と呼んでいます。これにより接着した板をずらせるよう な力(剪断力)に抵抗します。
 今、世の中にある接着剤の大半は木材用で、集成材、合板などの木質材料を製造するため大量 に使われています。これは木材が接着に向いているからです。その理由として@木材は水に濡れ やすい性質があり、接着剤も塗りやすい。A木材の表面は適度な凹凸と穴があるので機械的な接 着力も得やすい。B木材の力学的性質が接着剤(合成高分子系)と似ているため、接着剤の層で 著しいギャップが生じない、などがあげられます。
 木材用の接着剤には次のようなものがあります。
@ ユリア樹脂接着剤
集成材、合板などの製造に最も大量に使用されていて、木材用接着剤使用量全体の60%以上 を占めるといわれています。
A フェノール樹脂接着剤
耐候性が必要とされる外装用や足場の合板に用いられ、湿気や水分に強いのが特長です。
B レゾルシノール樹脂
常温で硬化し耐候性に優れ構造用集成材、耐水合板などに使われています。
C ポリ酢酸ビニール接着剤樹脂
木工用ボンドとしておなじみの接着剤で量的にはユリア樹脂接着剤についで大量に使われて います。耐熱性は上記接着剤より劣ります。

それでは標題の「木質柱のひび割れ補修工法と補修材料について」にはどのような接着剤が 適しているか、考えてみましょう。

1. 最適材料の選定について

@ 木材接着剤で現在のところ最高の接着強さ、耐久性を発揮してくれる最も信頼性の高いも のにレゾルシノール樹脂があります。(例:コニシボンドKR15)しかしこの材料は、蒸 発成分が50%〜45%と多く充填材料としては肉痩せの問題が有り、木材のひび割れ補修に は不向きです。
A 数年前に日本農林規格「構造用集成柱」に使用することが認知された水性高分子イソシア ネ ート(水性ビニルウレタン接着材)(例:コニシボンドCU5)も諸性能はレゾルシノール樹 脂 にほぼ匹敵しますが、この材料も蒸発成分が41%〜37%と多く充填材料としては肉痩 せの問題が有り、これも不向きです。
B 従って、肉痩せ(硬化収縮)が無く、接着性能が良く、耐久性が優れ、しかも作業性の良い 万能接着剤と呼ばれているエポキシ樹脂が選ばれます。グルーボルト接合やエポキシ充填ボ ルト接合などにも採用されており、海外では歴史的建造物の木造部材の補強に、高い引張り 強度の補強筋をエポキシ・グラウトで木造部材に接着する工法が論文発表されています。
2. 工法について

 木材のひび割れ内部に接着剤を確実に充填するためには、低圧樹脂注入工法(例:ショーボ ンドビックス工法)が選ばれます。
低圧樹脂注入工法

樹脂を注入(試験体)


注入材の充填状態(試験体切断面)

3. 耐久性について

 エポキシ樹脂接着剤の耐久性については、実用化されてからの歴史が浅いため、十分な資料 はありませんが、「長期間の屋外暴露(10年間)でも目立った変化はみとめられない」(日 本接着協会――昭和49年度経過報告)と言われています。震災復旧後、20年を経過した昭 和大橋の耐荷力調査等の健全度調査で、その効果が評価されています。(土木学会――昭和 60年)

4. その他

 エポキシ樹脂は震災建築物等の復旧技術指針(財団法人 日本建築防災協会)のひび割れに 樹脂を注入する工法として、阪神大震災の復旧工事でも数多く用いられた信頼性の高い材料 です。

参考文献)
木材のおはなし:岡野 健著(日本規格協会)/震災建築物等の復旧技術指針(財団法人 日 本建築防災協会)/接着剤:小西 信著(建築技術1997.09)/鉄筋埋設法による古建築木 造梁の補修・補強(建築技術1997.09)/昭和49年度経過報告(日本接着協会)/ショーボン ドビックス工法:昭和工事文責石山 孝史(建築と社会1993.8)




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